伝統工芸「長井さしこ」との運命的な出会い。 生まれも育ちも京都ながら、長井を応援するひたむきストーリー

大竹 桃子さん ■ふるさと長井会会員
東京に住む大竹さんは京都で生まれ育ち、現在は東京にお住まいの「ふるさと長井会」会員。何も縁がないと思われた長井と、深く深く関わることになった経験を持つ、唯一無二の存在です。大竹さんがどのようにして「長井さしこ」を一生の職に選んだのか、なぜ「長井を世界に!」と活動しているのか…。キセキとも思えるそのプロセスに注目を。
取材・文/蓮見 則子
職業
長井さしこ職人
生まれ・育ち
京都府
現住所
東京都
生年月日
1975年11月5日
長井で好きな場所
朝日連峰の見えてくる道
長井のソウルフード
たまご寒天

長井が世界に飛び出すきっかけになってほしい!

大竹さんは「長井さしこ職人」と名乗られていますが、刺し子作家やアーティストじゃないんですね?

はい、職人だと思っています。私、あくまで「長井さしこ」を広めたい。 だから私は裏方でよく、刺し子を使ったモノづくりのスペシャリストになりたいんです。

そして、作品を通して「長井さしこ」の魅力を全国に伝えたい。否、世界に広めたい。

いつも「長井さしこ、世界に飛び出せ!」と心でつぶやいています。 でもよく考えると「長井さしこ」というより、広めたいのはこんな伝統を持つ“長井”という土地そのものなんですよね。

↑「長井さしこ」のクリスマスタペストリー。11月には、これを作るワークショップも開催しました。和と洋が融合したロマンチックなアイテム!
↑のれん、コースター、ティーマットなど。中央のピンクッション(針山)は、懐かしい飯詰籠(いづめこ)のイメージ。

京都出身で現在は東京にお住まい。長井とはどんな縁が?

実は全くの偶然です。縁もゆかりもなかったんです。

京都で生まれ育ち、大阪の短大を出て京都のインテリアメーカーに就職しました。5年ほどで退社し、そこから神奈川へ。10年ほど前には東京に引っ越しました。

それまで東北地方にはほとんど縁がなかったんです。祖父のお墓が宮城県登米市にあるらしく、ルーツ的には東北に関係あるはずなのに、です。

それが、たまたまパートナーの仕事の都合で月に1回は仙台へ出向くことに。

毎月行っているうちに「宮城の隣は山形県か。行ってみようかな」と、レンタカーを借りて最初は寒河江市あたりまで行ってみました。

山形は米とさくらんぼのイメージしかなかったけれど、食べ物がなんでも美味しくて。

月1回、東京から仙台へ行き、翌日は山形県へ寄るのが定番になるのに時間はかかりませんでした。最初は1泊でしたけど、そのうち2泊3日になっていって…。

それでもまだ長井市には立ち寄っていない?(笑)

そう、庄内から寒河江あたりまであちこちに行っていましたが、なかなか下のほうの置賜には降りてこなかった。さしこにもまだ出逢っていない(笑)。

出逢ったのは、時期的にはちょうどそのあたりなんです。

山形県に行き始めたあたりで、何気なくInstagramを見ていたら「刺し子の花ふきん」という画像が出てきて、吸い寄せられてしまった。それがすっごくかわいかったの♡

そのときまで「刺し子」というものを知らなかったので、なんとなく手芸屋さんに行って、刺し子の下書きがついているふきんを10枚くらい買ってみたんです。

それがですね、やってみたらものすごく楽しくて!「これはもっと知りたい、やりたい、勉強したい!」と思ってしまったんです。

いろんな刺し子があるんだろうなと思って調べたら、これがまた素晴らしい伝統工芸だったんですね。

中でも、青森県津軽の「こぎん刺し」、同じく南部の「菱刺し」、山形県の「庄内刺し子」が「日本三大刺し子」と呼ばれているとのこと。

気に入っている山形県に庄内刺し子があるなら、習ってみたいなと思いました。何か手に職を持ちたいという思いもあったので。

お裁縫や手芸などは昔からやっていたのですか? 得意だったとか?

小さい頃から手芸や何か作ることは好きでした。小学校高学年でミシンを買ってもらい、よく何かを作っていたと思います。

就職した会社が大手ファブリックメーカーだったんですが、そこではカーテンなど窓まわりのインテリアコーディネーターとして働いていました。

なんだかんだ「布」に縁のある人生です。

↑10月に東京で開催したふるさと長井会の恒例「いも煮会」にて。大竹さん、すっかり会員の皆さんのお馴染みに。
↑同じく、いも煮会では、会員の丸岡さんからオーダーのあった、さしこ暖簾をお披露目。丸岡さんは長井にある自身の事務所に飾るそうです!

偶然か必然か?! 「長井さしこ」との予想外の出逢い

長井市と「長井さしこ」にたどりついたのは?

初めは庄内刺し子を習えるところを探していましたが、なかなか通えるところがない。検索していたら、「長井さしこ」が出てきたんですよ、同じ山形県ということで。

しかも、長井では刺し子教室をやっている! しかもですよ、私が毎月仙台・山形方面に行く日程と教室の開催日がぴったり合っていた!

これは何かの縁があるに違いないと思うじゃないですか。

本当は月2回の教室なんですが、東京から行くということで特別に月1回だけににしていただいて、翌年から通い始めたんです。

それが2017年のことです。そこから3年間、東京から毎月長井に通いました。長井市コミュニティセンター内の「長井さしこ教室」に。

まさに運命的な出逢いだったのですね!

そうですね。出逢ってすぐにハマっちゃいました。特に「格式張らずにのびのび刺しましょう」というコンセプトが気に入ったのだと思います。

他の刺し子は作法が厳しかったり文様の意味をことさら重んじたり「こう刺しなさい」と言われたりすることもあるようなんです。

その点、「長井さしこ」は堅苦しくないし糸の色も決まりごとが少ない。自由なところがすごく楽しいんですよ。だから現代の生活にマッチしたアイテムも作りやすい。

1年目は、先生にガッチリついてもらって模様の刺し方を勉強しました。とにかく先生から学べるものは全部盗み取るつもりでがむしゃらに勉強しました。

2年目はもうほとんど放置されて、作品作りに精を出しましたね。

すっかり「長井さしこ」の魅力にとりつかれ、2年目には先生に「私、長井さしこを継承したいんです!」と伝えていたほどです。

この素晴らしい伝統を私の手でもっと確実に受け継ぎたい。日本全国に、いや世界に、この愛おしい伝統工芸を広めたい。本当にそう思えたんです。

3年目になると、先生がご勇退されることになりました。それでも、長井には後を継ぐ人がいない様子だったので「先生、私、継ぎたいです」と真剣に伝えました。

そこで先生に「頑張ってやりなさい」と言ってもらえて。「独立してやった方が自分のためになりますよ」とアドバイスもあり、独り立ちすることになったんです。

初仕事は、長井市のふるさと納税返礼品として、さしこのコースターを提供すること。これは市長からのオファーだったのですが、先生が直接「あなたがやりなさい」と言っくださり、嬉々として作りました。

*注:ふるさと納税の返礼品の法改正により、原材料が長井市産であること、加工地が長井市内にあることなどの条件を満たさないことから、現在は取り扱われていません。

↑2023年11月3日〜4日に富山県で開催した長井さしこ×小笠原タコノ葉「くらしに寄り添うカタチ」展。
↑オーナー自らがセルフビルドした風情のあるギャラリー「めぐり」にて。のれん、ぴったりです☆彡
↑展示会に向けては、いつも試行錯誤しながら新作を作ります。会場の雰囲気ともマッチしていい感じ!
↑富山の秋の光が作品をより一層引き立ててくれています。素晴らしい展示会だった、と大竹さん。

「長井さしこ」の伝統技法を守りつつ、新しい風を

「長井さしこ」のこと、ほとんど知らないので、簡単に教えてください。

刺し子というのは、日本に数百年前からある伝統手芸。北国で生活の知恵から編み出されたと言われていて、始まりは16世紀初めの頃のようです。

重ねた綿の布を手でひと針ひと針刺し縫いする技法なんですが、刺繡のように装飾目的ではなく、布の耐久性や保温性を高めて生活に必要な機能を補うのがそもそもの目的。そこに豊作・魔よけ・商売繁盛などの願いや祈りを込めた模様を描き出しています。

「長井さしこ」のいちばんの特徴は布の上に5mm〜1cmの方眼を書き、それに沿って刺していく技法。例えば、遊佐町の刺し子はフリーハンドで刺していきますし、庄内刺し子は、斜方眼がベースだったりします。

「長井さしこ」のルーツは米沢の原方刺し子、置賜刺し子、庄内刺し子と3つのようですね。

一時は消えかかった文化ですけど、1978年頃に山形県婦人連の副会長さんが、その伝統を保存しようとしたそうで。長井の旧家に残されていた刺し子の花雑巾を集め、縫い目をほどいて技法を研究して、独自の手法で普及に貢献されたようです。

詳しくは、私のホームページにも書いていますので見てくださいね。

momosashico 長井さしこ https://www.momosashico.com/

わぁ、とても素敵なホームページ!

ありがとうございます。今、ホームページやSNSは大事なツールですよね。私が独立して最初にやったのもホームページの立ち上げでした。

今はホームページやInstagramを見て、国内はもちろん海外から注文が来たりするんですよ! 先日も韓国から刺し子の針山15個ほしいというオーダーが入りました。

そのたびに「長井」の名前が国内外に知られるわけですね、すごい! 他には、独立してからどんな活動をしていますか?

各地での展示会や、注文が来た商品の納品、アパレルブランドとのコラボ…など、意外と忙しくしてきました。長井の道の駅「川のみなと長井」からの依頼もあり、納品しています。

昔ながらの技法は守りつつ、できたものは現代の日常生活になじむもの、日常的に使えるものがいいと思っていて。

それが受け入れられてコラボの話などが来るのかなと思うと、私のしてきたことは間違ってはいなかったんだなと感じます。

つい先日は富山県からのオファーがあり、ギャラリーで展示会を開催し、同時にワークショップも開催しました。

2024年は、改めてモノづくりを見つめ直してさらにパワーアップした長井さしこの作品をお届けしようと思っています。

↑6月に行われた、ふるさと長井会総会後の懇親会にて。活動のプレゼンや作品の紹介も行いました。
↑アパレルブランド「alls」とのコラボレーション。パーカ風トップスの胸元に長井さしこの文様「鱗刺し」と「風駒」を施しています。

可能性を秘めた「長井さしこ」、これからできることとは?

大竹さんは「ふるさと長井会」会員の中では異色の経歴だと思いますが、どのように会を知ったのですか?

私の活動を知った会員の方から誘っていただきました。青年部会の集まりに顔を出して、長井についていろいろ教えてもらったりするくらいですが。

私の活動自体が長井を多くの人に広めることだと思うので、これをもっと確かなものにしたいんです。

「長井さしこ」を盛り上げるのに、ワークショップなどもどんどんやっていきたいです、東京でも長井でも。老若男女を対象にして。

例えば、長井の子ども達に「夏休みの自由研究」として刺し子の作品を作るワークショップとか。

“布”というものは、思った以上にできることがたくさんあります。子ども達には型にはまらずなんでも作ってほしい。

子どもの想像力や表現力は素晴らしいでしょう? 「長井さしこ」をもっと発展させてくれる可能性まで秘めていると思うんです。

なるほど。広めるためにできること、たくさんありそうですね。

そうなんです、ちょっとした野望としては「長井さしこ」の本を出したい。今はまだ公民館が出した冊子しかないので。

作品はもちろんですが、刺し方なども載せて。たくさんのひとの目に「長井さしこ」が触れてほしいと願っています。

まだ「長井さしこ」を知らない人がいたら、ぜひ教えてくださいね。オーダーも承っています!

momosashico 長井さしこ

公式サイト https://www.momosashico.com/ Instagram @momosashico