関西人の夫と子どもたちを連れてUターン
田舎町でも夢を叶えられること、身をもって体感したい!
- 職業
- フリーランス(プロデュース・コンサルティング業/呼吸法講師)
- 生まれ・育ち
- 西根地区
- 現住所
- 西根地区
- 生年月日
- 1987年1月12日
- 長井で好きな場所
- 西山と田んぼが見える実家前
- 長井のソウルフード
- 春の山菜料理、秋のきのこ料理
里帰り出産でわかった「あー、息が吸える」という感覚
10年以上の国際協力キャリアを捨てて長井へ戻ることになったとき、まわりに驚かれたのでは?
はい。自分自身もかなり揺らいで悩みました。しかも、夫は兵庫県出身で、東京で仕事をして役職も上がってきたところだったので。家族で山形に住むという選択肢は普通はないと思いますよね?
それでも、自然豊かな田舎で豊かな子育てをしたい、ヘルシーで豊かな社会つくりのために何かしたい、という思いが強くなり、止められなくなったんです。
長井へ戻るかもしれないという予感は前からあったのですか?
もともと世界の人々の健康や幸せに貢献したいという気持ちと同時に、日本の地方を元気にしたいとも思っていたので、生まれ故郷のことはいつも頭にありました。
東京にいる時も数カ月に一度は帰省して、新鮮な空気を吸って美味しいものを食べてリフレッシュする、ということを繰り返していたんです。
行き帰りの新幹線で、将来的にどうしたいか、常に自分の気持ちを確かめていました。ふるさと長井会が発足してからはなおさら、自分に今できることを模索していたと思います。
「住みたいかも」という大きなきっかけになったのは、長男を里帰り出産したときのこと。「あー、息が吸える」と心底感じたんです。長井が心地よすぎて、東京で子育てするのはきっと無理だと、既に薄々思っていたんですよね。
次男の時には東京で出産しようかとも思っていたのですが、一時里帰りをしている間に切迫流産で東京に帰れなくなり、またもや長井で出産!
次男が「東京じゃないよ」って教えてくれた気がしました。しかも長男が自然の中ですごくのびのびしている姿を見て「やっぱりそうだね、ここだよね」としみじみ思えた。
たぶんそれがターニングポイントになって、確信に変わっていったんだと思います。
貴子さんも、自然の中でのびのび育ったタイプですか?
もちろんです。時間を忘れて山や田んぼや畑にいる子どもでした。自然の中で感性を泳がせながら「時間は永遠にある」と思って育った感じです。
長井が大好きなんだと思います。どこがどうではなくて感覚的に。原体験が影響していて、心が安定するというか、今でも西山を見ると「ただいま」と思える。西山が大好き、西山に守られている感じがするんです。
Uターンを決めたのは、コロナの影響もありますか?
はい、さすがにコロナ禍の東京は異様な雰囲気でしたから。公園にも行けない、子どもたちは家の中でパワーが有り余ってる。なんだかもう私がうつ状態でした、気持ちがやられてしまって。
夫と家族と相談に相談を重ね、とりあえず子どもたちと私とで田舎に帰ろうと、長井へ帰ってきたんです。結果、また東京に戻ることが物理的にできなかった。
コロナが落ち着いてきた頃に夫がマレーシア勤務に決まったんです。2021年の後半くらいから1年ちょっと、家族でマレーシアに住みました。
そしてそれも終わって帰国することになり、いよいよ次にどうするか…と考えるときが来ました。
実はマレーシアに行く前、どうしても自然の中で子育てしたいという思いが募って、屋久島のリトリートツアーに参加したことがあったんです、家族で。
その経験から、今後自分がどういう暮らしをして行きたいかがわかってきた。やっぱり私は自然の中で心の豊かさを感じながら子育てがしたい! 週末や休暇で自然に触れるより「自然暮らしを日々の暮らしとする」スタイルがいいという確信に変わったんです。
今年初めて長井の冬を経験する夫。私たちはトライの真っただ中!
自然が豊かなところであれば、他の場所の候補もあったのでは?
そうなんです。東京の青梅も自然がいっぱいあるよな〜とか、千葉でも仕事に通えるよな~とか、選択肢はありました。ですが、夫が「自然があればいいというわけじゃないんじゃないの? 本当は長井以外は考えられないんじゃないの?」と。
あー、この人はちゃんと私のことを見てくれていたんだ、と思いました。大好きな場所だからこそ住みたい、愛がある場所に住みたい、それはそうだと自分自身でも改めて思いました。
ご主人は、東京の仕事をどうされているのですか?
2拠点生活です。コロナ流行以降、リモートワークが進んだので。もちろん仕事の状況にもよりますが、だいたい月の半分は長井に来ています。
夫はこれから初めての長井の冬、つまり雪のある生活を経験します。その部分も含めて「本当に長井に住めるのかな~逃げられないかな~?」なんて、思わないでもないです(笑)。
でも、そこで思考停止したらダメだと思って。私たち家族はトライの途中ですしね。
過疎化も進む田舎町に、都会から来た家族でも住めるんだ!という姿を見せていくことが私たちの一つのミッションかなと思います。
現在、貴子さんは子育ての他にどんなことをしていますか?
今は地方での在り方、働き方をいろいろ試している段階です。お金になることも、ならないことも。
一つは呼吸法講師。マレーシアに行く前、一生かけてできる仕事って何かな? と深く考えた時期がありまして。
それはやはり「人の健康としあわせ」に貢献すること。もともと医学を勉強していたこともあり、呼吸法の資格をとりました。呼吸そのものというより、心と体の在り方を教えるようなものなんですけど。こちらはリアルでの対面レッスンの他、オンラインでも講習しています。
もう一つは「地方を元気にする!」という観点で、地元のニーズに柔軟に応えるようなコンサルティング業務やサポート業務をしています。
このホームページのライターの仕事もそうですし、地元で活躍する社長さんのもとで秘書をしたり。社長さんが余裕を持って元気に活躍できれば、さらに地方に新しい光を与えることができるかなと。
これらは、前職の経験がとても活きていると思います。
ほかには、人と人をつなげることや場つくりが得意なので、老若男女、海外も含めていろいろな場所から集まった多様な人たちとコミュニティを作って、森の中でのDIYをしたり、保育士の友人と共同で子どもと自然の中で遊ぶイベントを企画運営したりしています。
これからの目標とか野望とか(笑)、何かありますか?
私は、自分のテーマの一つは「自然と人をつなげること」だとずっと思ってきましたが、本当に、自然の中に帰ると心も体もヘルシーで豊かになるんだと実感しています。
ちょっと休憩が必要だな〜とか、より健康的でしあわせな生き方にシフトしたいな〜とか、そういう思いを持った方向けに、デジタルからは少し離れて、ゆったりと自然に触れながら自分自身を満たし、いのちを輝かせる場や時間を提供したいんです。
自分自身が東京で自然に飢えていたことから、都会の方との共同農園などにも興味があります。
もう一つのテーマは「夢を叶えること」。今、父と仲間の皆さんと楽しく作っている森を「夢のもりじかん(森の学校)」として開放したいんです。
子どもも大人も関係なく、それぞれが自然の中で自由に過ごしながら、何か自分にとっての「好き」を見つける。「こんなことしたいっ!」と自然に夢が膨らむような、そんな自分を好きになってしまうような、ちょっと特別な場所、秘密基地のような森になってもらえたらな、と思います。
そんな場作りを通して、子どもたちに「日本の田舎最高!」「私にはたくさんの夢があるの!」と言ってもらえたら、とても嬉しいですね。
何もない、と言われる地方でも、たくさんの夢を抱いて社会に貢献できるんだよ! 楽しく生きれるよ!と子どもたちや子育て世代へ伝えたい。私自身が自由に夢を描き、それを叶えていく姿を見せていけたらと思います。